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Selfishly

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追跡者 6章



 司令部の名物にもなりはじめている兄弟が、顔馴染みの門衛と軽く挨拶をし合いながら、
司令部の門をくぐり抜けていく。

「今回はきちんと、前もって連絡しといて良かったでしょ?」
 ガチャガチャと音を立てて歩きながら、アルフォンスが説教じみた口調で、
兄を諭してくる。
「えー、別に変わんないぜ」
 素直でない態度を示す割りに、戻る足は軽く進んでいる。
 今回戻る連絡をした時に、大佐がそれに合わせて文献を用意してくれる事になったのだ。
 査定の準備の為に戻ってきたのだが、それが無事に終われば、
探していた文献が手に入るとなれば、少しくらい面倒でも、
査定の方にも気合が入ると言うものだ。
 軍属として、錬金術の研究以外にも功績を挙げている彼には、
あまり厳しい査定はされない。 とは言え、報告書のように、
でっち上げて書くわけにも行かないから、多少は手間もかけないわけには
行かなくなる。 
 他の研究を専門にしている国家錬金術師に聞かれれば、非難を浴びそうが、
それでも、エドワードが多少の手間で作る査定の報告書の方が、
遥かに優秀だと言うのは、大佐の言だ。
 今回は丁度、大佐も査定の準備がまだと言う事もあって、
互いの研究を話し合おうと言う事になり、それも楽しみの1つになっている。
 エドワード達のレベルになると、なかなか論議しあえる程の相手が
いなくなってくる。 たまに、自分達以外にも話をしたいと言う思いは
二人ともに有って、 アルフォンスも一緒にと、大佐の家に招待してもらえた事を、
アルフォンスはひどく喜んでいた。

 歩きなれた廊下を進んでいると、休憩所で馴染みの顔が集まっている。
 声をかけようと近づいていくと、皆の話している声が聞こえてくる。
「んでさ、さすがに今回ばかりは、大佐も年貢の納め時じゃないかってさ」
 咥えタバコで、嬉しそうに話しているのはハボックだ。
「でもよ、さすがは大佐だな。 グレンバッハ家っていやぁ、
名門中の名門だぜ。 軍でも幅を利かせてるし、資産は代々溜まる一方の
土地持ちだしな」
「この前のご令嬢なら、お綺麗な方でしたから、大佐も納得できるでしょうし」
「まぁな、俺らじゃ、逆立ちしたってそんな話は舞い込んでこねえよな」
「違いない。 ってか、市井のご令嬢達にも振り向いてもらえないお前じゃ、鼻っから無理だろうが」
 ガハハと笑い声が響いて、ハボックが渋い表情を浮かべている。

「何の話してるんだろうね? 楽しそうな事なのかな?」
 屈託なく問いかけてくるアルフォンスに、エドワードは無表情に頷き返す。
「こんにちは~」
 話に熱中しているメンバーに、アルフォンスが明るく挨拶をする。
「おう、戻ったんか? お疲れさん。 まぁ、こっち来て、一休みしていけよ」
 口々に挨拶をしてくれるメンバーに、誘われて空いている席に腰をかける。
「ちょうど今行っても、大佐は将軍のとこに行ってるから、いなしな」
「はい、エドワード君、アルフォンス君。 ジュースでもどうぞ」
「あっ、いつもすみません。 で、さっきは何を楽しそうに話してたんですか? なんだか、大佐のお話みたいでしたけど?」
 自分用にも用意してくれたジュースを、恐縮しながら受け取って、
そんな風に聞いてみる。
「ああっ、まぁなー」
「ああ、まあまあな」
 メンバー同士で顔を見合わせて、ニヤニヤと笑いあっているのに、
アルフォンスが不思議そうに首を傾げる。
「まぁなんだ、大佐もいよいよ、准将閣下におなりかなーとね」
 その言葉に、驚いたように声を大きくする。
「えっ! じゃあ、昇進が決まったんですか?」
 興奮交えて返された反応に気を良くして、皆が口を開いていく。
「いや、昇進はまだなんだが、まぁ、決まったも同然だな」
「そうですよね、グレンバッハのご令嬢ともなれば、お父上の力も大きいでしょうからね」
「全く大佐も、釣る獲物が大きいぜ」
 各々が言う事が断片過ぎて、アルフォンスが傾けた首を更に、大きく傾ける。
「はぁ?」
 そんなアルフォンスへの答えは、横に座った兄から発せられた。
「要するに、そのグレンバッハの令嬢と、大佐が結婚すれば、その代償に昇進できるってわけだ」
 エドワードの言葉に、一瞬考え込むが、すぐさま、大層な反応をする。
「ええっー! それって、大佐がご結婚されるって事ですかー!」
 アルフォンスの大袈裟な反応に、周囲の者もおかしそうに話してくれる。
「いやいや、ものには順序ってものがあってな。 普通、結婚の前には
婚約ってものがあるんだぜ」
「あっそうですね。 ちょっと驚いたもんだから」
 頭を掻きながら、ヘヘヘと笑うアルフォンスに、皆も笑みを向ける。
「じゃあ、ご婚約されたんですね」
 嬉しそうに返された言葉に、皆が首を振る。
「いんや、まだ。 そう言う話が来てるってだけなんだ」
「でも、相手が名門の家系で、軍でも有力な中将の家の娘でさ。
 こりゃー、大佐もそろそろ年貢の納め時かって話してたところ」
 期待と違う返答に、やや拍子抜けしながら、「そうですか」と頷く。
「この前さ、お前らがちょうど帰ってきてた日に、中央から将軍の家族が来てたろ?」
「ああ、そう言えば、司令部ですれ違いましたよね」
「そうそう。 その時にどうやら見初められたらしくてさ、
向こうがぜひともって話を持ってきたらしいんだわ」
 それまで話に参加せず、傍観を決めていたエドワードが、
フンと鼻を鳴らして、小馬鹿にしたような口調で話す。
「どうせ大佐の事だ。 若い姉ちゃんと見れば、歯の浮くようなセリフを連発してたんだろ」
 そのエドワードの言葉に、ハボックが身を乗り出して、返事を返す。
「いやそれがよ、皆、やっぱりそう思うだろ? でも、俺は護衛で傍に居たんだけどよ、別に社交辞令の挨拶程度には、ご令嬢にも声をかけてたけど、
もっぱら話してたのは、奥方と兄弟にだったんだぜ。 どうもその令嬢が、
深窓ってのか? 内気らしくて、殆ど口を開かねえから、仕方ないってのも
あるんだろうけど。
 でも、大佐あの日は、やたら機嫌が良かったんだよ。 あの時期は、
結構不機嫌が続いてたわ、悪い癖は再発するわで、
中尉の悩みの種だったのに、なんかあの日を境に、元に戻ったんだぜ。
まぁ、それが異様に上機嫌で、野郎にも愛想振りまいててさ。
 まぁでも、それが結局は今回の話の決め手になったらしいから、
何が功を奏するかわかんないもんだよな」
 俺らも、これからは心しておこうぜ等と、メンバー同士で真剣な表情で頷きあっている。

 エドワードは内心の不快感を消したいように、わざとぶっきらぼうに言葉を続ける。
「まぁ、別に俺らには関係ないことだしな。 少尉たちにも良かったんじゃないのか?
 前に、迷惑かけられてるって言ってたしさ」
 そのエドワードの言葉に、「違いない」と周囲からも笑いが上がる。
 一緒に笑いながらも、エドワードは自分の中で呟かれている言葉に
気を取られていた。
『そうだぜ、俺には別に関係ない事だ。 それに、もともとそうなるだろうと
考えてもいたしな。 俺らの関係も、それまでの事ってわけだ。
 これでアイツに時間を取られなくて済むようになるんだ』 
と、曇る感情を抑えるように、そんな風に考えると、
「清々するよな」
 と、ポツリと吐き出した。
 エドワードが声に出した最後のセリフは、すでに他の話に気を
取られている者達には、聞き流されていた。 
苦々しく吐き出された言葉は、ポトンと自分の胸にわだかまる想いの中に
落ち込んで沈んで行った。

「勤務中にお茶会とは、余裕だな」
 背後からかけられた言葉に、エドワードは勿論、話に熱中していたメンバーも、
飛び上がらんばかりに驚かされる。
「「「た、大佐!」」」
 慌てて立ち上がるメンバーに、無言で冷めた一瞥を投げかけると、
皆、わたわたと勤務に戻るべく、司令室に走り出していく。
 それに、全くと言う風に呆れた表情を浮かべて見送ると、くるりと、
置いてけぼりをくったエドワード達に、向き直る。
「今回は、時間どうりに戻ってこれたようだな」
 そういつものように、少しだけ皮肉を匂わせる言葉をかけながら、
良く見せる笑みを浮かべている。
 エドワードは咄嗟に、応酬しようと顔を見上げて、思わず言葉に詰まる事になる。
 特にいつもと変わらないはずなのに、何故だが大佐の雰囲気に違和感を
感じ、押し黙ってしまう。
「はい、今回は列車でも何事もなくて、良かったです」
 黙りこんでしまったエドワードを越して、アルフォンスが明るく返事を返す。
「そうか、それは何よりだ。 君たちが乗り込んだ列車が、何もなく到着する
と言うのも、なかなか無い経験だな」
 からかいを含んだ言葉を言いながら、アルフォンスと笑いあっている。 
「兄さん?」
 全く反応を返してこない兄の様子に、訝しげに声をかけると、
エドワードがはっと気づいたように、いつもの応酬を返し始める。
「そんなに毎回、何かあってたまるかよ。 まぁ…、たま~に、
事件に遭遇するってだけで、誰でもそんな時はあるだろ?」
「まぁ、一般の者は君が言う、たまにも、あたらずに生涯をすごす者が大半だと想うがね」
 笑いながら答えると、司令室に促すように、歩き出す。
 いつもと変わらぬ大佐の態度に、最初に感じた違和感も、自分の気のせいだと
片付けて、軽口を言い合いながら、着いて行く。

 執務室で、定期報告を終わらせると、ちょうど中尉がお茶を淹れて
持ってきてくれる。 アルフォンスは、隣の司令室で何やら、
フュリーに呼ばれて、楽しそうな声が聞こえている。
「査定に必要な資料の持ち出しは、許可を取っておいた。
 ただ、持ち出せるのは、私の家限定だがな」
「えっ! じゃあ、いちいちあんたの家まで見にいかなくちゃ、
いけないじゃないか」
 不服そうなエドワードの様子に、苦笑を浮かべて返事を返す。
「仕方ないだろう。 もともと、持ち出しなぞ出来ないものばかりなんだ。 たかが資料と言えども、軍の機密に関する事なんだ。図書館の本のように、
ほいほいとは借り出せないよ」
 ロイの言い分も尤もで、貸し出して貰えただけ、良しとしなくてはならないだろう。 
「わかった、じゃあ、あんたの家に行かせて貰えばいいんだな?」
 不承不承答えるエドワードに、ロイがあっさりと、解決案を告げる。
「それでも構わないが、移動時間も勿体無いだろう? 君の事だ、
熱中しすぎて、深夜私が帰るまで居る事にもなるだろうし、
その後帰るとなると危ないからな。 今回は、アルフォンス君と一緒に、
私の家に逗留するといい」
 あっさりと告げられた内容に、エドワードが驚いたように声を上げる。
「あんたん家に!」
 大仰な反応にも、ロイは淡々とした口調で、冷静に返す。
「そう驚くこともないだろう? 私の家に部屋が余っているのは、
君も知ってるだろ。 研究内容を話し合うのも、場所を設けずに済むから、
楽だと思うんだが?」
 尤もな意見に、エドワードも頭では納得できるのだが、ロイの家と言うが
、微妙な所だ。 確かに、ロイの家には、もう何度も行っている。
 部屋数が多いのも、書庫に充実した書籍があるのも、知ってはいる。
 知ってはいるのだが…。 
 ロイの家というのは、エドワードにとっては、情事を示す場所で、
非常に微妙な気持ちになる。 そんな所へ、弟のアルフォンスを連れて、
ほいほいと出かけるのも躊躇われるし、この男が何もしないと言う保障もない。 

 渋い顔で考え込んでいるエドワードを見ていて、彼が何を躊躇っているのかが、
判り過ぎるほど、判ってしまう。
「君ね…。 いくらなんでも、アルフォンス君も居る家で、
ことに至ろうとするほど、非常識ではないつもりだが?」
 エドワードの自分への信用の度合いを知らされた気になり、少々気分を害して、
そう告げると、エドワードも気まずげな表情を見せる。
「うん、解った。 じゃあ、しばらくお世話になります」
 ペコリと頭を下げるエドワードに、ロイも頷くことで、了解の意思を伝る。 その後は、借り出したい資料やら、査定までの期間の計画やらと、
決めておかなくてはならない事が多く、結構な時間を費やしていた。
 コンコン
 控えめなノックに、話し込んでいた二人が、はっと互いに顔を見合わせる。
「もう、こんな時間か」 
 しまったという表情は、外で苛々して待っている副官を思ってなのかも知れない。 
 コンコン
 返答がない為に、再度、扉がノックされる。
「入りたまえ」
 ロイが、そう答えてやると、控えめに、様子を窺うように扉が開かれ、
アルフォンスが顔を出す。
「あのぉ、兄さん、大佐。 お話は、もうお済ですか?」
 ひょこりと顔を突き出すように覗いている姿は、彼が本来の姿なら、
大変愛らしい事だろう。 
「ああ、終わったぜ。 ごめん、話込んでてさ」
 机の上に、書き散らしたメモを選り分けながら、頭はすでに研究の内容で
一杯のエドワードは、上の空で返事を返す。
「良かった…。 あのぉ、兄さん、僕しばらくフュリー曹長の所へ
泊まってもいいかな?」
「ああ、わかった」
 メモの一部に気がかりを覚えて、見直しながら、おざなりな返事を返す。
「わぁ~、良かった!  曹長、大丈夫です。 僕もお手伝いしますね」
 喜び勇んで、司令室に戻って行くアルフォンスにも気づかずに、
睨んでいたメモの修正箇所を書き直して、漸く、エドワードが顔を上げ、
キョロキョロと周囲を見回す。
 確か、アルフォンスが居たようだったが、今は目の前に、
妙な表情で自分を見ている大佐一人だ。
「あれっ? アルフォンスは?」
 怪訝な様子で窺ってくるエドワードに、ロイは嘆息しながら、
今聞いた答えを返してやる。
「司令室に戻ったよ。 で、今日からしばらく、フュリー曹長の所へ
泊り込むそうだ」
「えっ? 何だよそれ! 俺は聞いてないぞ」
 憤慨するエドワードに、ロイは首を横に振りながら、追い討ちをかける。
「いいや。 君は、わかったと返事していたよ」
「いつ!?」
「今、さっき」
 ロイの呆れを隠しもしない返答振りに、自分の失態を悟ったエドワードが、
ゴホンと咳払いすると、気を取り直して、
「まぁ、別にいいけど」
 と、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「で、どうするんだね?」
 ロイの問いに、キョトンとした目を向けて、見つめてくる。
「アルフォンス君は、来ないようだが、君は構わないのかと聞いてるんだ」
 ロイの言いたい事がわかって、数瞬考えるが、はぁーとため息を吐き出すと、
「ああ、俺は構わないぜ。 今から変更するのも面倒だしな。 
 じゃあ、俺はその件をアルフォンスに伝えてくる」
 よっこらしょと掛け声と共に立ち上がり、書き留めたメモの束を
持ち上げると、隣の部屋に向かうべく歩いていく。
 数歩進んだところで、ピタリと立ち止まり、まだ、座ったままのロイのを、
ちらりと窺うように見てくる。
「何だね? 何か言い忘れた事でも?」
 不審な態度に、どうしたのかと聞いてみる。
「そのぉ…、今回は査定の為に行くんだからな」
 今更な事に、念を押してくるのに、言いたい事がわからずに、
曖昧な返事を返す。
「ああ?」
 そんなロイの態度に、エドワードが言いにくそうに、言葉を詰まらせながら伝えてくる。
「だ、だから…、そのぉ…。 へ、へんな事すんなよ!」
 首まで紅くして、言い捨てて去る様子に、ロイはやれやれと苦笑を浮かべる。
「別に、へんな事などした覚えはないんだがな」
 合意で寝ているとは言え、エドワードにしてみれば、
変な事位にしか認識されていないのだ。 
 どっと疲れたような気がして、ずっと張り詰めていた気持ちが浮かんでくると、深く椅子に座り込む。

 
「ただいま」
 そう声をかけて扉を開けて入っていくと、しばらくして、キッチンから、
バタバタと慌しい音を響かせながら、エドワードが顔を見せる。
「お帰り。 風呂沸かしているから、先に入ってくれば?」
 それだけ言うと、すぐに顔を引っ込める様子から、夕食の準備に
かかっているところなのだろう。
「ああ、そうさせてもらうよ」
  ロイとエドワードの同居生活は、順調に進んでいると言ってもいいだう。 居候の分だけ、家事をするのを分担すると言い出したエドワードに、
最初は、そんな必要はないと言っていたのだが、今は本人の好きなように
させている。 得手不得手はあるようだが、所詮二人しか居ないのだ。
 さして、散らかる事も無い程度の家事なら、エドワードにとっても
気晴らしになるようで、機嫌よくやってくれている。
 家に戻れば、エドワードが居てくれ、温かい料理も用意されているとなと、
少しでも戻るのを早くしようと言う気になるのが、人情だろう。
 軍のメンバーには、査定の準備を進めているとは言っているが、
嬉しそうに帰っていくロイを見ていて、そんな言い訳で納得して貰えているのかは、疑問ではある。 
 が、仕事はきちんとこなしてから帰るので、喜ばれはするが、
非難されるような事は、全く無いようだ。
 
「そう言えば、今日司令部にアルフォンス君が顔を出していたよ」
 夕食を取りながら、たわいない1日の出来事を話すのは、
家で籠もりっきりのエドワードの事を思ってでもある。
「アル~? あいつ、まだ手間取ってるんかな?」
 連絡も寄越してこない薄情な弟に、エドワードは不機嫌に返事を返してくる。
「ああ、どうやら引き取った子猫の数が多かったそうで、かなり、
時間がかかるようだが」
 メインの料理を切り分けながら、美味しそうに食べるロイの様子に、
下降していた気分も浮上する。
「全く、フュリー曹長も、面倒見切れない数を引き取ってくるのも、
ちっとは考えろよな」
 口では悪く言うが、言葉ほどには思っていないのは、笑っている表情で
語っている。 
「彼がちょくちょく動物を引き取ってくるのはあるんだが、今回みたいに
ネコ屋敷1件分は、確かに多いな。 
 親しくしていた家主の遺言らしくて、無下にも断れなかったと言うのもあるんだろう」
「人がいい事で」
 いまどき珍しい好青年ではある。 話を聞いた時は、エドワードも感心した位だ。
「ああ、君の弟もな」
 ロイの言葉に、全くと言うように苦笑いを浮かべる。
 
 食後は就寝の時間まで、研究に没頭したり、論争に華を咲かせている。
 違う分野の視点からの意見は、自分では気づかなかった点を
解らせてくれるし、行き詰った箇所の方向転換を示唆もしてもらえる。
 今回は、今までの査定の中でも、かなりの内容になりそうな上、
はかどると言う事もあって、エドワードの熱の入り方も半端でない。
 それはロイも同様で、天才の名を欲しいままにしている少年の着眼点・
閃きには、驚かされる事ばかりだ。
 実践では知っていたつもりだったし、完成されてレポートから、
彼の頭脳の素晴らしさは解っていたつもりだったが、こうして実際に話を
しながら目の当たりにすると、驚嘆に値する人物だと再認識させられるばかりだ。
 
 手元の時計を見て、そろそろとばかりに声をかける。
「エドワード、今日はそろそろお開きにしよう」
 勿論、声をかけた位では気づくはずも無いことは、経験上わかっていたで、
ロイは立ち上がると、エドワードが熱心に見比べている書物を抜き取るこで、
気づかせる行動に出る。
 取り上げられても暫くは、自分の思考の世界に漂っているのか、
ぼんやりとした瞳で虚空を眺めている。
 ロイは、急かしもせずに、そんな様子のエドワードを窺いながら、
取り上げた本にしおりを挟んで、片付けを進めてやる。
「ん」
 漸く、ロイの呼びかけを理解したのか、間が空いた返答を返してくる。
「ほらほら、電気を消すから部屋から出て」
 そうしないと、また研究に戻る事がわかっているから、先に出させた上、
夜は鍵を締めておく。 エドワードにとっては、鍵など無意味なものだろが、
ロイの意思表示として理解して貰えれば、彼とてきちんと行動をしてくれる。

 鍵を締めると、廊下で待ってくれていたエドワードに、お休みの声を
掛けて、部屋に戻っていく。
「う…ん。 お休み」
 エドワードも挨拶を返すと、二階にロイが用意してくれた客間へと
戻っていく。 
 パタンと閉る扉の音は、どちらの部屋の方が先だったのか。
 ただ、互いに部屋に入ると、深くため息を吐き出すのは、同じ行動になっている事には、
二人との気づいていない。
 エドワードとの同居生活が始まって以来、ロイは1度として彼には
触れてはいない。 簡単な挨拶程度の口付けさえもだ。
 そして、来た当初は警戒していたエドワードも、そんなロイの行動に、
怪訝な面持ちを浮かべていたが、今ではすっかりと気を許しているようだ…
と、思っていた。

 翌朝。 朝食を一緒にとるのも、約束したわけではなかったのだが、
何となく決まりごとのようになっている。
 今日の1日の互いの予定を話し合って、ロイが出勤していくのが、
最近のパターンだ。 そして、戻ってくるまでは、エドワードの研究の時間に
なるわけだが、今日はいつもとは、少々違った予定を告げられる。 
「エドワード。 今日は、私は会食が入っていてね。 
夕食は食べてくるので、君は先に済ませておいてくれ」
 そのロイの言葉に、エドワードは特に気にする事もなく、
「わかった」と返事を返すと、今日の空いた時間の有効化を考えていく。
 夕食の準備があると、あまり外で遅くなるわけにもいかないし、
切が良い所で止めるように気も配っておかなくてはいけない。
 今日は時間を気にしなくて良いなら、久しぶりに図書館の方に足を
向ける事にしようかと思いつく。 ロイの家にも、優れた書物はあるが、
やはり畑違いの為か、査定用の資料の為となると、それ専門の物を
置いている所へ行かなくてはならない。
 エドワードはロイを見送ると、先に調べておきたい事柄や、
借り出してくる本のピックアップをまとめて、午後から意気揚々と
図書館に足を運んで行った。

 閉館ギリギリまで粘り、満足げに図書館を後にする。
「よっしゃ。 これで研究書が完成するまでは、資料には困らないな」 
 両手に持ち運べるだけの本を持ち、重たさに閉口しながらも、
明るい表情で帰り道を歩いていく。 近道も兼ねて大通りに出る路地に入と、
抜け出る手前で、目の前を通り過ぎて行く車が目に入る。 
 正確には、車が目を引いたのではない。 リゼンブールなどの田舎では、
車も珍しがられるだろうが、ここイーストシティーは、さすがは東方の中心地だけあって、
交通の手段として、普通に車が使用され、一般への普及も進んでいるのだら。

 なら、何に気を取られたのかと言うと…。

「大佐?」
 混雑している大通りを走っている為なのか、ゆっくりとエドワードの目の前を
通り過ぎていく、高級車の中には、にこやかに微笑む良く見知った男と、
その向い側に座る綺麗な女性が映っている。 その奥には、老将軍や、
品の良さそうな夫人も見えた。
「そっか…、大佐、上手くやってんじゃん」
 沈んでいく気持ちを誤魔化すように、口ごちると、ゆっくりと重たくなった足を動かす。 さっきまでは、重さも満足感になっていた本たちが、
急に耐え切れない位に感じられるのは、何故なんだろう。 


 上品な店内の個室では、華やかな顔ぶれで食事が進んでいた。
始終機嫌の良さそうな婦人は、にこやかにロイに話しかけてくるし、
役目が達成された喜びからか、老将軍も話題を振っては、場を和ませている。 先ほどから静かなのは、当の主役の若者二人だけだ。
 令嬢は内気な性格らしく、ちらちらとロイを見ては、恥ずかしそうに俯て、
母親が話を振るのに、小さな声で相槌を打つのが、精一杯なようすだ。 
 さすがに、時間が経っていくと、ロイの様子に、年嵩の二人も怪訝そうに
目配せを交し合う。
 先ほどから、話しかけられれば、最低限の返事は返すが、ロイは食事が
始まってから今まで、自分の方からは一言も口をきいていないのだ。
「あ、あらっ、私たちがおじゃべりを、し過ぎてしまったかしら」
 浮かれていた自分達を反省するように、言葉を添える婦人に、老将軍も
しまったと言う表情を浮かべて頷く。
「そうですな。 いや、歳を取ると気が利かずで、お恥ずかしい。
ここらからは、若い方ばかりでお話してもらった方が、二人の話も
弾むでしょうな。 
 どうですかな、グレンバッハ婦人。 上にありますラウンジで、
夫君の近況などお聞かせくださらんか?」
 そう、引き際の合図を伝えると、婦人と一緒に席を外して、
会食のお開きを示す。 

 出ていく母親を、不安げに見上げていた令嬢は、ロイの中庭の誘いに、
ホッと安堵の表情を浮かべ、大人しく付き従っていく。
 大人しく、従順な令嬢だ。 多分、自分で何をするとかしたいとか考えずとも、
周囲のものがあれこれと決めてくれるのだろう。
 容姿も悪くはないし、スタイルも良いほうだ。 それに、そんなものが
少しくらい悪かろうが、彼女の後ろ盾を考えれば、どうという事もなく
霞んで行くだろう。 資産家で、軍内の大派閥の本家の御令嬢だ。
 例え、容姿やスタイル、はては性格に難が有ろうが、気にしない男は
多いだろう。 
『この話を断るような男は、よっぽど馬鹿か、世の中が解らない
愚か者だけだろうな』
 そして、その馬鹿で愚かな男になろうとしている己を、
自嘲気味な笑いを浮かべる事で、誤魔化す。
 ロイは、ゆっくりと令嬢に向き直すと、深々と頭を下げる。


 


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